お客様の声

我が終び栖

越谷市 S様

私は平成十三年五月、六十二歳で現役を引退しました。三人の子供達も夫々に独立し外で家庭を持ち生活をしており、此の先、夫婦でのんびりと過ごせればベストと考えました。一般的には人生、八十年時代と言われる今、我々に残された二十年余り、まだまだ先は長いぞと考え、他所に移り住むことも含めて、暇に任せて、故郷の静岡を始め、温暖な土地を求めて各地を巡り泊まり歩きました。が、移り住むまでの決心は付かず、越谷の自宅に帰ってくるとホッとする感覚が浸み付いていることでした。三十年近くも住み我々の気持ちの中に既にこの越谷の地が故郷になっている現実がありました。三人の子供達にしても、この土地で育ち、学び、故郷はここなんだ。と改めて再確認をした機会になりました。ならばこの自前の土地で建て替えようとの夫婦での結論に達するのに時間はかかりませんでした。そうと決まれば、膳は急げでその年の秋口には、旧居に不備、欠点を洗い出し、それをカバーする住宅を求めて各地の展示場やら大手ハウスメーカーやらを見て、片っ端から説明を聞いて廻り、一方では文献も読み漁り、そんな中で『いい家が欲しい』松井修三氏の本に出会い、半信半疑ながらこんな住宅が出来れば素晴らしい。正に目からウロコ状態でした。『ソーラーサーキット』工法と言うらしいが、果たしてこんな工法が実在するのか、眉唾ものでしたが、確認したくなり、松井氏の事務所に問い合わせたら、埼玉での松井理論の実践メーカーとして蕨市に本社のある高砂建設を紹介され、即、高砂建設に電話をし、営業マン氏から説明を受け、当時ソーラーサーキット工法では既に十年以上の実績が有ると聞き、実際に施工中の現場、及び内覧を数ヶ所見せて頂き丁寧な説明を受け、予備知識としては冬頃にはかなりの疑念は取り除かれました。それでも実行するのは更に慎重にしようと、自身に言い聞かせ、もう少し時間をかけて研究をさせてくれと依頼し、必要条件の整理に集中しました。旧居で感じていた不平不満を半面教師に、三十年後を想定し、冬暖かく、夏涼しく、明るく、圧迫感の無い、木の温もり有る、バリアフリーで、出火リスクの少ない家、一世帯でも、子や孫達が多勢泊まれる構造にしよう。と多くの希望を盛り込み伝えました。そんな折平成十四年の二月の寒の最中の寒い日に突然電話を頂き、与野のモデル住宅での宿泊体感を勧められ、丁度暇であり関心も持っていたので二つ返事で即決し夫婦で外で外食をし、鍵を渡され宿泊体感をしました。夜九時半にはエアコン全てを消し、快適にグッスリよく眠れ、朝も通常並みの六時頃に起床、指導に従い室内の温度を確認記録し、まずビックリ、一階で15℃、2階で16℃、戸外は2℃でした。鍵を掛け預けて、旧居へ急いでその足で帰り昨夜から無人の我が家の室内温度は4℃でした。大変なショックを受け、立替を決断するに充分なインパクトになりました。それならば、急げと言うことになり、設計・契約・施工・竣工へと順調に進み平成十四年十二月七日に高砂建設より引渡しを受け、十七日には、仮住まいより新居に引渡しを完了に、年末、年始と温かい快適な生活を堪能しました。その後は子、孫達が入れ替わり、立ち替わり、最大十三名程が寝泊り、食事もし、快適だと言ってくれるのが我々夫婦にとって一番嬉しい変化かもしれないと最近つくづく思っております。この冬も久しぶりに寒い乾燥した気象でも、起床時の室温は15℃が最低で、身震いする寒さにはならないで、加湿器のみが1階も二回もフル回転しております。今年、古稀を迎える私にとって特に寒さに弱い夫婦にとって本当の『終の栖』になりそうです。